シリーズ「子どもの情報を守る ― 保育・療育の現場から」の第5回です。
情報の事故が起きたとき、施設の方がまず気になることの一つが「いくらかかるのか」だと思います。誰にでも起こりうることだからこそ、金額の感覚と、費用を誰が持つのかを、事故の前に知っておくと、慌てずに動けます。
この記事では、公表されている判決と、警察庁の資料から、わかっている範囲を整理します。責める記事ではありません。
① 本人への賠償:裁判で認められた金額
個人情報の漏えいで、裁判所が認めた金額は、事件ごとに事情が違います。公表されている例では、1人あたり数千円から数万円です。ここに書く金額は、本人への賠償(慰謝料と、弁護士費用の相当額)だけです。調査や通知、復旧などの費用は含みません(次の②で書きます)。
- 宇治市の住民基本台帳データの流出(大阪高等裁判所・2001年12月25日):1人あたり1万5,000円(慰謝料1万円と、弁護士費用の相当額5,000円)。住所、氏名、生年月日、世帯主との続柄などが、外に出ました。
- Yahoo!BB の顧客情報の漏えい(大阪高等裁判所・2007年6月21日):1人あたり5,500円。
- TBC の顧客アンケートの漏えい(東京地方裁判所・2007年2月8日):1人あたり3万5,000円。センシティブな情報を含み、迷惑メールなどの二次被害が出た人についての金額とされています。二次被害がなかった人は2万2,000円とされています。
- ベネッセの顧客情報の漏えい(東京地方裁判所・2018年12月27日):1人あたり3,300円(慰謝料3,000円と、弁護士費用相当額300円)。
センシティブな情報で、二次被害があった例ほど、金額が上がっています。
人数が多いと、合計は大きくなります。たとえば100人分で、1人3,300円なら33万円、1人3万5,000円なら350万円です。これは、上の金額を単純にかけた計算例で、実際の賠償額を予測するものではありません。また、相場でもありません。 この幅は、性質の違う2つの判決の、低い側と高い側を並べたものです。金額は、漏れた情報の性質、二次被害の有無、人数、事業者の対応などで、大きく変わります。子どもの障害にかかわる情報のように、センシティブな情報の場合は、高い側の金額になることも考えておいたほうが安全です。
② 対応・復旧にかかる費用:本人への賠償より大きくなることがあります
事故のあとにかかるのは、本人への賠償だけではありません。原因を調べる費用、システムを直す費用、本人や保護者への通知、問い合わせの窓口、弁護士への相談、業務が止まる間の損失などです。事故のあとの流れは、第1回「子どもの障害にかかわる情報は、1件の漏えいでも国への報告が必要になることがあります」で書きました。
警察庁のまとめでは、2025年(令和7年)にランサムウェア(データを人質に取る攻撃)の被害を警察に報告した組織は226件で、約6割が中小企業でした。警察庁が被害に遭った組織にたずねたアンケートでは、調査と復旧にかかった費用の総額が1,000万円以上だった組織は、有効回答89組織のうち46組織(52%)でした。一方で、100万円未満で済んだ組織も16ありました。復旧にかかった期間は、1か月未満が有効回答107組織のうち60組織(56%)で、2か月以上かかった組織や、まだ復旧中の組織もありました。
ここで書いた数字は、システムが止まるタイプの攻撃の場合です。メールの誤送信やUSBメモリの紛失のように、漏れただけで、システムは動いている事故とは、かかる費用の性質が違います。それでも、人手と時間と、保護者への説明にかかる負担は、どの事故でも発生します。
費用は、誰が持つのでしょうか
記録や連絡のサービスなど、外部の事業者に情報を預けている場合でも、保護者や本人に説明する立場は、多くの場合、施設です。預け先の事故でも、施設は、預け先を監督する責任を負います(個人情報保護法第25条)。
この監督の責任とは別に、事故のときの費用を、施設と預け先のどちらがどこまで持つかは、両者の契約や利用規約の書き方で大きく変わります。「責任の範囲」「賠償の上限」「事故が起きたときの対応と連絡」といった項目に、何が書いてあるか。事故が起きてから読むのではなく、事故の前に、一度読んでおくことをおすすめします。上限額が書かれている場合は、その額が、自分の施設の人数に対して十分かどうかも、あわせて考えます。
明日からできること
- 使っている記録・連絡のサービスの契約・利用規約で、「責任の範囲」「賠償の上限」「事故のときの連絡と対応」「契約が終わったときのデータの扱い」がどう書かれているかを読む。分からない所は、事業者に質問する
- 賠償責任保険やサイバー保険に入っているか、入っているなら、事故対応の費用(調査、通知、問い合わせの窓口など)が対象に含まれるかを、保険の窓口に確かめる
- 事故の日に最初に連絡する先(自治体の担当課、システム会社、相談できる専門家)の連絡先を、一覧にしておく
- 「どんな情報が、何人分、どこにあるか」を数えておく。費用は、人数と情報の種類で大きく変わります
- 契約や保険を見直すときは、一人で決めず、法人の代表者や顧問の専門家と一緒に確かめる
もっと知りたい方へ(出典)
いずれも2026年10月28日に確認しました。
- 警察庁「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」本文 p.13〜14・統計編 p.125〜126(ランサムウェア被害の報告件数と企業規模。調査・復旧の費用と期間は、被害に遭った組織へのアンケートの結果):https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/data/R7/R07_cyber_jousei.pdf
- ScanNetSecurity「1人 35,000円の判例も ~ 個人情報漏えいの損害賠償金額 弁護士解説」(2025年11月11日。Yahoo!BB、TBC、ベネッセの判決の整理):https://scan.netsecurity.ne.jp/article/2025/11/11/53993.html
- BUSINESS LAWYERS「個人情報漏えい訴訟の整理」(宇治市の判決の整理):https://www.businesslawyers.jp/articles/253
- INTERNET Watch「Yahoo! BB個人情報漏洩訴訟、最高裁がヤフーの上告を退け高裁判決が確定」(2007年12月17日。大阪高裁で両社連帯の1人あたり5,500円が確定):https://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2007/12/17/17899.html
- 個人情報の保護に関する法律 第25条(委託先の監督):https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
判決の金額は、弁護士による解説記事の整理に基づいています。この記事は一般的な情報提供であり、法的な助言ではありません。個別のご事情は、顧問の専門家や自治体の窓口にご相談ください。
そだちノートの情報の取り扱いは、情報の取り扱いについてに書いています。